零~天倉 澪 拾弐~「おねえちゃん!」懇願するような声音は、昏い村に消えていった。 『…あ~…。どうすんだ…?』 「あんた幽霊なんだから、壁くらい通り抜けられるでしょお!!いってきてよみてきなさいよ!!」 胸倉を掴んでぐらぐらと頭を振ると、睦月は目を回しながら頷いた、 『わぁった、わあったから、はなせ~』 私が手を放すと、睦月は家屋――灯篭の近くにあるその家の扉を擦りぬけた。 …それから少しして戻ってきた睦月は、余り明るい表情ではなかった。 「おねえちゃんは?!」 『わかんねぇ。…ここ、桐生家だ。俺は奥にいけない』 「へ?キリュウケ?」 睦月は首肯すると、宙で腕を組んだ。 『ああ。なんでも――ずいぶん昔の双子巫子だったらしいんだが…なんだか人形と双子が父親を殺して以来、絶えて…ううん、俺にも記憶が定かじゃない。』 澪は射影機を取り出しながら、その扉を開けようと―― かたん かたん… はっとして澪は顔を上げた。開けかけた扉も何のその、元来た道を戻る。なんとなく上を見る。そこには渡り廊下。 「おねえちゃん!!」 操り人形のように頼りない姉の跡を、首が90度に曲がった女がついていく。 「おねえちゃあん!逃げてェ!」 しかし、姉は声の届いた様子も無く、ただ向こう側の扉へ消えた。 「おねえちゃ…」 『いたあぁあああああいいいい』 と。目の前になにかが落ちて来た。 ソレは階段におちて厭な音をさせた。脊髄の折れる音。肉から骨がはみ出している。 「うあ…」 澪が後ずさると、睦月がひょいと顔を出した。 『うあ』 同じような声を上げて、彼は後ずさった。 「あんた霊でしょ――ッ!!」 と、澪がツッコムと、彼は手を横に振った。『エグイの範疇外』 『く…ル・しいいぃ…いたぁああいいい…』 完全に首の折れた女は、皮一枚でつながった首をがくがくと揺らしながら、こちらへ近づいてくる。 口から血の泡を吹いて、額からの出血が顔を紅く染め上げている。 「うあ…気持ち悪い…」 澪は射影機を構えて、あとずさりながらシャッターチャンスを待った。 ゆらゆら…と、女は近づいてくる。下から見上げるように、上体をかがめる。 瞬間、チャプターサークルが赤く染まった。 カシャ、と軽い音と共に、女の悲鳴が響く。 『いたぁああいいいたい…だれか…だれかたすけ…』 後退した女が、射影機を下げた澪にいきなり飛びかかった。 「きゃああああっ?!」 『どうして!だれもわたしをたすけてくれないの!!いたい!いたいのに! お前も、おまえも、このいたみを味わえ!!」 物凄い力で、首を後ろに捻じ曲げようとする力。 「う…ぐうう…」 射影機…首をねじまげられる痛みに、手が動かない。 『澪!』 睦月の声も遠い… 「くるしいのは…あんただけじゃないのよ!」 射影機を構えるヒマはない。そんなことをしていたら、私の首はこいつと同じようになるだろう。右手に下げたそのままで、当て推量にレンズを女に向けた。 「眠りなさい!」 カ シャ 『!!』 女はそのとき、光を見た。だけれど、それは小さくて、女の手には届かなかった。 澪から女が離れる。その間に、睦月が立ちはだかった。 これで女は澪に手だし出来ない。 『…どうして…どうしてそいつばっかり…双子巫女…オマエラのせいだ…』 「!また双子巫女…?わたしたちじゃないってば!」 女は、折れた首を揺らし、後退しながら、その双眸から雫を落とした。 『いつもいつも…村の中心にいるくせに…樹月様…イツキサマ…オマエラのせいで、樹月様までお命をおとした…』 「?!樹月?!」 『…もしかして、お前、下女の…お燐?』 睦月がぼそりと呟く。 「知ってるの?!睦月」 睦月は拭きつけた霊気に、髪をなびかせて、答えた。 『多分…下女として働いていたお燐、だ。…そうかお前、飛び降りたのか』 お燐は、睦月の声も聞こえないようだ。ただただ首を揺らし、平衡感覚の無くなった身体を揺らしながら、つぶやきを続ける。 『みんな…ひどい……どうして…おまえも。』 ふい、と彼女は掻き消えた。 「いたた…ああ、もう酷い目にあったわ。おねえちゃん、何処いっちゃったのかしら」 『…』 睦月はお燐のいなくなった方を見つめていた。 「…誰かいませんかー」 澪は一人で桐生家に入る事になった。どうも、睦月は生前と関わりが深い所には、行けない場所もあるらしいので。玄関からたたきを上がって、扉を開ける、 『キャハハハハハ』 「?!」 笑い声が一瞬聞こえた。でもそれはすぐに消えて、澪は空耳だったのかと思った。 奥へと向かっていくと、赤い扉があった。そこには、向かい合った双子人形の間に冷たい風の吹き出る、はしごがあった。 「おねえちゃん…ここから何処へ…?」 澪は一人ごちて、そのはしごを降り始めた。 TO BE CONTINUED→天倉 繭 拾参 |